こんにちは。安心R住宅推進協議会の三津川 真紀です。
2017年5月に成立した「民法の一部を改正する法律」が、本年4月から施行されました。現行民法が作られたのは明治時代にまで遡りますが、今般の改正は実に120年を経て初めての抜本的見直しとなりました。そもそも民法とは、私人(市民)相互間における権利義務関係を規律する法律で、総則・物権・債権・親族・相続の5編から構成されています。今般の改正では主に、民法のうち財産法全体に共通する規定が定められている「総則」と、特定の人に対して特定の給付や行為を求める権利に関する規定である「債権」が改正されました。改正項目は約200項目に及びますが、その中でも特に不動産取引に大きな影響を与える項目について取り上げます。
まず、「不動産賃貸借」に関係する改正項目を条項順に挙げると、おおよそ以下の16項目が該当します。
1.債権等の消滅時効(改正民法166条の1)
賃料債権、および賃貸人の負担に属する必要費等、費用の償還請求権、損害賠償請求権についての消滅時効
2.法定利率(改正民法404条の2)
賃料滞納等、債務不履行に伴う遅延損害金についての法定利率の引き下げ
3.賃借保証(改正民法465条の2、465条の10)
個人根保証(賃貸借契約に伴う借主債務の保証)契約における保証人の責任範囲、主債務者・債権者による情報提供義務
4.公正証書作成義務(改正民法465条の6)
事業性貸金債務(不動産投資ローン)の個人保証契約に伴う保証意思宣明公正証書の作成義務
5.原状回復義務・収去義務等(改正民法621条、599条)
契約終了時に賃借人が負担する原状回復義務の内容・範囲、賃借人の収去権および収去義務
6.損害賠償および費用の償還の請求権についての期間の制限(改正民法600条)
賃料債権、および賃貸人の負担に属する必要費等、費用の償還請求権、損害賠償請求権についての行使期間の制限、消滅時効の完成猶予 ※1.債権等の消滅時効(改正民法166条の1)の特則
7.賃貸借の存続期間(改正民法604条)
賃貸借期間の上限の伸長
8.不動産賃貸借の対抗力(改正民法605条)
賃貸借の登記による、物件取得者およびその他の第三者(二重に賃貸借した者、当該不動産を差し押さえた者)に対する対抗力の具備
9.賃貸人たる地位の移転(改正民法605条の2)
賃貸不動産の譲渡に伴う所有権および賃貸人たる地位の移転
10.賃借人による妨害の停止の請求等(改正民法605条の4)
賃借権に基づく返還請求・妨害停止(排除)請求権の行使
11.賃貸人の修繕義務、賃借人による修繕権(改正民法606条~608条)
賃貸人の修繕義務の免除および賃借人による修繕権の行使
12.減収による賃料の減額請求(改正民法609条)
減収による賃料の減額請求権を認める賃借人の範囲(耕作又は牧畜を目的とする土地の賃借人)
13.賃借物の一部滅失等による賃料の減額等(改正民法611条)
賃貸不動産の一部滅失、その他の事由により使用および収益をすることができなくなった場合における賃借人による解除権の行使
14.転貸借・サブリース(改正民法613条)
転借人が負うべき義務および賃貸借契約が解除された場合の転貸関係への影響
15.賃借物の全部滅失等による賃貸借の終了(改正民法616条の2)
賃借不動産の全部滅失、その他の事由により使用および収益をすることができなくなった場合における賃貸借契約の終了
16.敷金および保証金等(改正民法622条の2)
敷金の定義(賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭)、敷金返還請求権の発生時期(賃貸借終了後の明渡完了時)、賃借権の移転に伴う敷金返還債務の承継、および賃借人の債務への敷金の充当、賃貸人たる地位の移転に伴う敷金等の承継
この中には、現行民法では規定されていないものの、これまで判例に基づいて対応してきた実務を、改めて改正民法において条文化したに過ぎない項目も含まれています。そうした項目は、改正項目には含まれますが、実務に影響を及ぼす改正ではありません。これに対して、今般新たに規定された「実質的な改正点」のうち、通常の賃貸借契約において特に気をつけたい項目を確認したいと思います。
改正民法では、個人根保証契約全般について、保証の上限額である極度額を定めなければならないと規定されました。つまり、賃貸借契約における賃料債務の根保証についても極度額を定めなければ、当該契約は効力を有しないことになります。
改正民法では、賃借人による解除権の行使が認められる、賃貸不動産の一部を使用収益することができなくなった場合の範囲について、当該不動産の「滅失」による場合に限らず、「その他の事由により使用収益することができなくなった場合」にまで拡張されました。さらに、「賃借人による請求がなされなくても当然に」、それが賃借人の責めに帰すことができない事由によるものである時は、賃料は「その使用収益することができなくなった部分の割合に応じて」減額されると規定されました。
契約に関する法律の適用は、原則、契約締結時点が基準となります。但し、普通賃貸借の場合は、賃貸借契約の締結日が改正民法の施行日前であっても、施行日以後に当該契約の更新の合意がなされる場合については、賃貸借の存続期間の規定(改正民法604条)に則り、50年間を限度として、改正民法の規定を適用する必要はないとしています。
次に、不動産売買への影響を考えるにあたっては、ポイントを大きく2つに絞り、改正の前提を理解する必要があります。
現行民法に規定されていた瑕疵担保責任は、改正民法では廃止され、契約不適合責任として新たに規定されました。両者は法的性質も異なり、瑕疵担保責任は法定責任(通説)、契約不適合責任は債務不履行責任という扱いになるため、根本的に全くの別物です。そのためさまざまな違いがありますので、しっかりと押さえておきましょう。
まず、現行民法では、不動産売買は特定物売買にあたるため、売主の義務はその目的物たる不動産の所有権を買主に移転することであり、引き渡された不動産に仮に欠陥(瑕疵)があっても、債務不履行責任に問われることはないというのが原則でした。もっとも、それでは買主が一方的に不利益を被る可能性があるため、法定責任として瑕疵担保責任が位置づけられていました。
今般の改正では、そもそも売買の目的物を特定物か不特定物かによって区別することなく、契約内容から乖離していれば、そのことに対する責任(契約不適合責任)を負うことになりました。つまり、改正民法下の不動産売買においては、引き渡された不動産が「種類、品質および数量に関して契約の内容に適合しないもの」である時、売主は契約不適合責任を当然に負うことになるわけです(改正民法562条~564条)
この時、従来の法定責任(通説)の立場であれば、責任を負うことになる「瑕疵」は契約締結時点までに生じたものに限られたのですが、改正民法でいう「契約の内容に適合しないもの」とは引き渡し時点までに生じたものを含みます。さらには現行民法に規定された「隠れたもの」であることを問いません。このことは建物だけでなく土地についても同様の責任を負うため、改正民法下の不動産売買においては、売買契約書に地中の調査や対策を土地の引き渡し時までに行う旨を明記して、売主には土壌汚染や地中埋設物の状態についても把握する義務が課されることになりそうです。
以上のとおり、改正民法において新たに規定された「契約不適合責任」は、債務不履行の一般原則を基本としながらも、不適合の状態に応じて買主が有する権利が特則として規定されました。
1.追完請求権(改正民法562条)
改正民法では、売主が契約の内容に適合しない目的物等を引き渡し、かつその履行が不能である場合等を除き、買主は当然に、代替物または不足分の引き渡し請求権および修補請求権を行使できます。
2.代金減額請求権(改正民法563条)
改正民法では、売主が契約の内容に適合しない目的物等を引き渡し、かつその履行の追完がない場合に、不適合の程度に応じて代金の減額を請求できます(買主の責めに帰すべき場合を除く)
3.債務不履行による損害賠償(改正民法564条、415条)
改正民法では、損害賠償の範囲に、現行民法の瑕疵担保責任に基づく範囲(信頼利益に係る損害)に加えて、債務不履行の一般原則と同様の範囲(履行利益に係る損害)も含まれます。
4.契約の解除(改正民法564条、541条~542条)
改正民法では、現行民法で債務不履行に伴う契約解除の要件であった「債務者(不動産の売主)の責めに帰すべき事由の有無」に関わらず、当事者の一方がその債務を履行しない場合で、かつその履行の追完が催告の期間内にない場合は、相手方はその契約を解除することができます。この時、現行民法において求められていた「契約目的の達成の有無」についても問われないことになりました。
不動産売買における表明保証とは、売主が買主に、契約の目的物等に関する一定の事項について、当該事項が真実かつ正確である旨を表明し、その表明した内容を保証することです。前述のとおり、改正民法における契約不適合責任は、建物だけでなく土地についても同様の責任を負うため、地中の調査や対策を土地の引き渡し時までに行っておくことが理想です。しかしながら現実には売主があらかじめ土壌汚染や地中埋設物の状態について把握しておくことは困難です。
そこで買主が、購入しようとする土地にそれらが存在しないということを売主に確約させたいという場合に、表明保証を求めることになります。具体的には売買契約書において、表明保証条項(概括的な条項)を設ける、あるいは当該土地の地歴などから推察して考え得る土壌汚染や地中埋設物の内容を条項として明記することなどがあります。いずれの方法による場合でも、表明保証条項が規定されてしまうと、当該事項に違反した場合に損害補償や契約解除を求められる可能性がありますので、明記する際には慎重に検討する必要があります。特に改正民法下においては、表明保証責任と契約不適合責任との関係性についても留意する必要があるでしょう。
これについては、契約の内容に適合しない対象が何であるかによって2通りに分かれます。
改正民法では、売主が「種類または品質」に関して契約の内容に適合しない目的物を買主に引き渡した場合において、買主がその「不適合を知った時から1年以内」にその旨を売主に「通知」しない時は、買主はその不適合を理由として、履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求および契約の解除をすることができなくなります(改正民法566条)
この時、買主が行う「通知」について、現行民法では「売主に対し具体的に瑕疵の内容とそれにもとづく損害賠償請求をする旨を表明し、請求する損害額の算定の根拠を示す」ことが問われていましたが、改正民法においては契約不適合についての「通知」のみに足りるとされました。
「種類または品質」に関する契約不適合に対し、「目的物の数量」や「権利(債権および所有権)の移転」に関する契約不適合については、一般的な消滅時効の規定に従って、その「権利を行使することができることを知った時から5年間」あるいは「権利を行使することができる時から10年間」行使しない時は、時効によって消滅することになります(改正民法166条)
今般の民法改正は、不動産賃貸借・不動産売買それぞれの取引に大きな影響を与えるとともに、債務者(通常は賃貸人や売主)の法的責任の内容や範囲に変更が生じるものとなりました。トラブルを予防し、不測の損害を避けるためにも、契約書の見直しをはじめ、改正内容を踏まえた備えが必要です。