最近話題となった、「老後資金2000万円不足問題」。昨年6月に金融庁の金融審議会 市場ワーキング・グループによる報告書「高齢社会における資産形成・管理」の中で示された、“老後20~30年間で約1300万円~2000万円が不足する”という試算が、大きな物議を醸しました。
これまでも銀行や証券会社、保険会社をはじめとする金融機関では、“老後のための生活資金として、2000万円程度の貯蓄が必要”だとする話はされていましたし、メディアでもよく取り上げられていた数字です。ところが、国が具体的な試算を公表したことで、その前提条件や個別の事情は横に置かれ、“一世帯あたり、老後資金として2000万円足りない”“毎月の赤字額が5.5万円、30年間で2000万円の取り崩しが必要”という、老後破産への不安だけが一人歩きしてしまいました。
では、本当に老後資金は2000万円足りないのでしょうか。2000万円もの貯蓄がなければ、安心した老後生活が送れないのでしょうか。
そこで今回は、安心R住宅推進協議会 三津川真紀が、セゾン投信社長であり、前述の市場ワーキング・グループのメンバーでもあった、中野晴啓さんに「老後資金2000万円不足問題の真偽」についてお話を伺いました。
中野:この報告書は、社会保障の一つである公的年金“以外”に2000万円必要だということを示したものなんです。そもそも社会保障というのは、私たちが人権で保障された「最低限の生活」をサポートするためのものであるということを、皆さんも忘れているわけではないと思いますが、どうしても「老後資金2000万円不足問題」すなわち「年金2000万円不足問題」としてメディアに報じられてしまうと、ひどい話だと思ってしまいます。ただ、そもそも公的年金だけで誰もが幸せに豊かに暮らせるということが、間違った認識なんです。
この報告書に書いてあることは、端的にいえば、“我々、日本の生活者が、これまで享受してきたそれなりに豊かな生活を老後も続けていくには、現役時代の「資産形成」とリタイア後の「資産運用」が不可欠だ”ということです。
三津川:年金が足りない、というよりは、そもそも社会保障の一つである公的年金は、「最低限の生活」をサポートするためのものであるから、それ以上の生活を老後も送りたいのなら、上乗せするお金を自分で貯めておく必要があるということですね。
中野:さらに今、「老後」と呼ばれる期間は伸びています。60歳まで生きている人が、この先何年生きるのかというデータをみてみると、8割の人が80歳まで生きるそうです。80歳まではなんとなく想像できると思いますが、さらにデータをみてみると、5割の人は90歳まで生きます。つまり、2人に1人が90歳まで生きる時代なのです。そして、100歳まで生きる人も1割近くいます。2007年生まれの人は平均寿命が107歳になるというデータもあり、近い将来、「人生100年時代」どころではなくなります。
中野:「iDeCo(イデコ:個人型確定拠出年金)」や「つみたてNISA(少額投資非課税制度)」といった資産形成に有利な制度を利用して、「長期積み立て投資の実践」という行動を取ることが大切です。そうすることによって、我々が思う「豊かな生活」を送ることが可能になると考えます。
この2つの非課税制度は、金融機関のために作られた制度ではなく、我々生活者のために作られた「極めて重要な国策」であるということを、ご理解いただきたいと思います。
また、現在、公的年金をはじめとする年金制度が続々と改革されています。厚生年金の受給可能年齢が65歳に引き上げられ、企業型確定拠出年金の受け取りが70歳まで先送りできるようになりました。さらに、iDeCo(イデコ:個人型確定拠出年金)は加入年齢を65歳まで引き上げ、75歳まで運用を可能にするという話が出ています。つまり、年金の受け取り開始年齢を自分で選べるようになるということです。例えば、65歳で受け取るよりも、70歳で受け取れば40%以上、75歳で受け取れば80%以上、多く受け取れるという仕組みになっています。
このことは、政府が、70歳を超えても尚、現役でいられる社会を作ろうとしているのだと、理解しています。要するに、60歳で定年を迎える社会ではなくなるということです。もう少ししたら、80歳を超えてからでないと、“おじぃちゃん”“おばぁちゃん”とは呼ばれなくなるのではないでしょうか(笑)これからは少子高齢化を前提とした社会になっていくと思います。
三津川:なるほど。「生命寿命」が延びるということは、「健康寿命」とともに、「資産寿命」も延ばす必要があるということですね。
三津川:ところで、“資産寿命を延ばす”という言葉を聞いてもピンと来ない人もいるかと思います。いったいどうしたら資産寿命を延ばすことができるのでしょうか。
中野:資産寿命を延ばすためにやってほしいことは3つです。まず1つ目は、現役時代をできる限り延ばすことです。例えば、農業に従事されている方は定年などに関係なく、いくつになっても働いておられる方が多いので、これからは会社勤めの方も意識改革が必要ですね。長く働き続けるということは、自ら富を生み出す側に長くいられるということです。これはすごく大事なことだと思います。
三津川:現役時代を延ばすことで、収入を得られる期間が長くなりますよね。
中野:2つ目は、年金の受け取り開始年齢を遅くすることです。遅くすればするだけ、より多くの年金がもらえるので、できる限り先送りして下さい。
最後3つ目は、資産運用を始めることです。資産運用を始めるといっても、相場で勝負をするとか、短期売買を繰り返すということではありません。この時、大事なことは、「長期」「積み立て」「分散」の投資行動3原則です。資産運用は、この3原則を踏まえて行なって下さい。
三津川:分かりました。3つ目の資産運用の「資産」は、金融資産だけでなく、不動産も大切な資産の一つですよね。投資用マンションなどのオーナーとして不動産運用を行なっておられる方もいらっしゃいますが、今、お住まいの持ち家だって立派な資産です。
市場ワーキング・グループによる報告書にも、“住宅資産を有効に活用できる環境整備が重要”であると明記されています。特に高齢者を中心に持ち家比率が高いため、例えば、リフォーム市場の活性化や、良質な既存住宅の資産価値の適正評価を促すなど既存住宅の流通を活性化させるための施策をより一層推進することが望まれると指摘されていますね。
中野:そうなんです。まさに貴協議会の取り組みの必要性や重要性が、金融庁の報告書に記載されたことになります。これは非常に大きなことだと思っています。
確かに日本は高齢者の持ち家比率が高いため、「高齢社会における資産形成・管理」を考えるにあたって、「老後資金2000万円不足問題」に持ち家の価値を含めないというのはおかしな話です。持ち家も含めた保有不動産の資産価値を適正に評価して、金融資産ととともに、資産配分を考えることが大切ですね。
三津川:有り難うございます。不動産、特に既存住宅の資産価値を、金融等と一体として適正に評価することは、当協議会の事業の柱の一つですが、それは、最も身近な住宅資産の価値に目を向け、一世帯(一家計)あたりの資産と負債の実態を総合的に把握することが、地域あるいは国全体の資産形成と金融リテラシーの向上につながると考えるからです。
「老後資金2000万円不足問題」を不安や不測とする前に、私たち一人一人ができることはたくさんありそうですね。